大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

釧路地方裁判所 昭和54年(ワ)124号 判決 1980年1月25日

原告 国

代理人 梅津和宏 羽生隆次 ほか四名

被告 株式会社金融協会

主文

一  被告は、原告に対し金二九三万五五三七円及びこれに対する昭和五四年三月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文第一、二項と同旨。

2  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二請求原因

一  原告は、訴外有限会社丸協協建興業(以下「滞納会社」という。)に対し、昭和五四年三月三一日現在、昭和五〇年度の法人税本税七三五万一〇〇〇円、同重加算税二二〇万五三〇〇円及び右本税に対する国税通則法六〇条一項所定の延滞税四七八万九九〇〇円、昭和五〇年度源泉所得税本税三万七〇八〇円、同不納付加算税八四〇〇円及び右本税に対する右同様の延滞税三万八〇〇〇円、合計一四四二万九六八〇円の租税債権を有している。

二1  滞納会社は、昭和五〇年二月二二日、被告から弁済期限昭和五〇年一〇月三〇日、利率日歩一六銭七厘の約定で四〇〇万円を借受けた。

2  滞納会社は、その後右約定に基づき利息ないしは遅延損害金として、昭和五〇年七月二二日二〇万円、同年一一月二一日二〇万円、昭和五一年二月一九日二〇万円をそれぞれ被告に支払い、昭和五二年四月一三日元金四〇〇万円を支払うとともに、右元本に対する利息ないし遅延損害金として四四九万三八九一円を支払つた。

3  しかしながら、右元本に対する利息制限法所定の利息及び遅延損害金は別紙計算書のとおり、二一五万八三五四円となり、従つて、利息ないし遅延損害金として支払つた合計五〇九万三八九一円のうち二九三万五五三七円は利息制限法所定の制限利息を超過する利息ないし遅延損害金であつて、滞納会社は被告に対して、右金員につき不当利得返還請求権を有するものである。

三  原告は、前一記載の租税債権を徴収するため、国税徴収法六二条の規定に基づき、昭和五四年三月五日、前二3記載の不当利得返還請求権を差押え、右債権差押通知書は、昭和五四年三月七日、第三債務者である被告に送達され、これにより原告は同法六七条の規定によつて、右の不当利得返還請求権の取立権を取得した。

四  よつて、原告は被告に対し、右不当利得金二九三万五五三七円及びこれに対する右差押通知書の送達日の翌日たる昭和五四年三月八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する被告の答弁及び抗弁

一  答弁

1  請求原因一項は認める。

2  同二項のうち、滞納会社が被告に対し、利息制限法所定の制限利息を超過する利息ないし遅延損害金につき不当利得返還請求権を有するとの点は争うが、その余は認める。

最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決は、利息制限法所定の制限利息を超過する利息を任意に支払つたとき、その超過部分の元本充当を認め、最高裁昭和四三年一一月一三日大法廷判決は、利息制限法所定の制限利息を超過する利息を支払つたことにより計算上元利金が完済されているのに引続き超過利息を支払つたときは、債務者にその過払金の返還請求権を認めているが、利息制限法と出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下、出資等取締法という。)との関係からすると、利息制限法の制限を超過した利息の定めは無効であるが、これを超えても日歩三〇銭以内ならば当事者の任意な行為にまかせておくというのが法の趣旨であり、任意に支払つた超過利息は元本消滅後であつても返還請求はできないと解するのが自然であるから、前記最高裁判決は解釈の限界を超えたものとして再検討されるべきである。

3  請求原因三項は認める。

二  抗弁

利息制限法は社会的経済的弱者を不当な高利から保護しようとするものであるが、一国の金融経済秩序を維持するための強行規定でもあるところ、被告が滞納会社から支払を受けた本件差押債権に該当する分については、いずれもその年度に被告の所得として原告国において課税徴収の手続を終えているものである。従つて、債務者たる滞納会社自らが返還請求の拠にでるのであれば格別、金融経済秩序を維持する責務を負う国、なかんづく租税徴収機関が国税徴収法によつて差押えをなすことは右秩序を徒らに混乱せしめることになり、また、前記のように既に所得税を徴収しているという事実に照らすと、本訴請求は禁反言の原則に反し許されないというべきである。

第四抗弁に対する原告の答弁及び主張

争う。

利息制限法所定の制限を超過する受取利子のような無効な収益であつても、当該法人が利息を現実に収受している限り、法人税法上は、経済的な利益の発生という見地からこれも益金と解されるものであり、これを本件についていえば、被告からその収益の属する年度の所得として申告されたものに対して租税徴収機関が課税手続を終えていることは全く適法なものである(ちなみに、本件に関連する被告の昭和五〇年から昭和五三年の各事業年度((昭和四九年一一月一日から同五三年一〇月三一日まで))において、被告は、昭和五一年度に一五二万九一九〇円の課税所得で四二万八一二〇円の法人税を納付しているが、他の年度はいずれも課税所得零ないし欠損で法人税は納付していない。)。

一方、本件の如く、滞納会社が被告に対し、右超過利息につき利息制限法に反するものとして、不当利得の返還請求を求め得る場合に、租税徴収機関が滞納処分としてその返還請求権を差押えし、かつ、取立権を行使し得るとすることはその適用される法の趣旨、目的、従つてその規制範囲が異なる結果によるものであつて、彼と此とは何ら相互に矛盾するものではない。

そして、右のように、法人所得税の申告時において予知し得なかつた事態その他やむを得ない事由が、その後において生じたことにより、所得金額の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果が、その行為の無効であることに基因して失われた結果生じた不都合については、その無効原因に基づく無効事由が確定した日の属する年度あるいは当該法人所得税の申告にかかる事業年度において修正されることによつて是正されるものである(国税通則法二三条二項一号参照)から、原告において本件不当利得返還請求を求めたことをもつて禁反言の法理に反するとする被告の主張は失当である。

第五証拠 <略>

理由

一  請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。

二  滞納会社が昭和五〇年二月二二日、被告から弁済期限昭和五〇年一〇月三〇日、利率日歩一六銭七厘の約定で四〇〇万円を借受け、右約定に基づいて被告に対し、利息ないし遅延損害金として、昭和五〇年七月二二日に二〇万円、同年一一月二一日に二〇万円、昭和五一年二月一九日に二〇万円をそれぞれ支払い、昭和五二年四月一三日に元金四〇〇万円を支払うとともに、右元本に対する利息ないし遅延損害金として四四九万三八九一円を支払つていること、及び右元本に対する利息制限法所定の利息及び遅延損害金が別紙計算書のとおり二一五万八三五四円となり、滞納会社が被告に対して利息ないし遅延損害金として支払つた五〇九万三八九一円のうち二九三万五五三七円は利息制限法所定の制限利息を超過する利息ないし遅延損害金であることは当事者間に争いがなく、さらに、特段の事情の主張立証はないので、滞納会社は前記最終弁済時に元金四〇〇万円とともに一五五万八三五四円の利息ないし遅延損害金を支払えば計算上債務は完済となることを知らなかつたものと推認するのが相当であるから、滞納会社は被告に対して二九三万五五三七円の不当利得返還請求権を有するものと認められる。

なお、被告は利息制限法の制限を超過した利息は無効であるが、これを超えても出資等取締法所定の日歩三〇銭の限度内ならば当事者の任意な行為にまかせておくべきであるから、債務者が任意に支払つた超過利息は元本消滅後であつても返還請求はできないと解すべきである旨主張するが、利息制限法は経済的な弱者保護のため制限利息を超える利息及び損害賠償額の予定を無効とするなどしてこれを民事上規制することを目的としているのに対し、出資等取締法はいわゆる街の金融機関等の引起す経済的社会的幣害を除去することを目的とし、その手段として著しい高金利の約定等に刑罰を科することとしているのみであつて、右約定等の私法上の効力についてはなんらの規定もしていないから、同法五条一項の規定は日歩三〇銭を超えない利息の約定又は損害賠償額の予定について利息制限法の適用を除外する趣旨ではなく、従つて、右契約の私法上の効力及び返還請求権の有無については一律に利息制限法が適用されるものであるところ、利息制限法所定の制限を超える利息ないし損害金を任意に支払つた債務者は、制限超過部分の充当により計算上元本が完済となつたときは、その後債務の存在しないことを知らないで支払つた金額の返還を請求することができるとするのが最高裁判所の判例(最高裁昭和四三年一一月一三日大法廷判決)であり、当裁判所も右のように解するのが利息制限法の立法趣旨に合致し相当であると考えるから、右主張は採用しない。

三  しかるところ、原告が前記租税債権を徴収するため、国税徴収法六二条の規定に基づき、昭和五四年三月五日、前記滞納会社の被告に対する不当利得返還請求権を差押え、同月七日、右差押通知書が第三債務者である被告に送達されたことは当事者間に争いがないので、原告は同法六七条の規定により右不当利得返還請求権の取立権を取得したものと認められる。

なお、被告は、本件差押はその対象である被告が滞納会社から支払を受けた利息制限法による制限超過の利息ないし損害金について、金融経済秩序を維持する責務を有する原告国において被告の所得として課税徴収の手続を終えているのであるから、禁反言の原則に反し許されないと主張する。しかしながら、法人税法上の所得の概念は経済的実質によつて把握すべきものであるから、利息制限法の制限を超過する受取利子のような無効な収益であつても、当該法人が利息を現実に収受しているかぎり、法人税法上は経済的な利益が発生しているものとして益金と解されるのであり、当該法人からその収益の属する年度の所得として申告されたものに対して租税徴収機関が課税徴収することは何ら違法ではなく、無効な行為によつて取得された利得であつても、この利益が当該法人によつて担税力を認め得る程度に支配享受されているならば課税の対象とすべきものであるが、前記のような法人税法上の所得の意義からすると課税が国家機関による適法有効な行為としての公認を意味するものではないことはいうまでもない。そして、納税申告もしくは税務署長による課税標準及び税額等の決定の後に申告の基礎となつた事実が判決等によつて当該計算の基礎としたところと異ることが確定したときは、申告者の請求等により税務署長が課税標準又は税額等を更正することになつている(国税通則法二三条二項一号参照)ので、原告において本件不当利得返還請求権を差押えて取立てることは、信義則又は禁反言の法理に反するものではなく、被告の主張は理由がない。

四  以上の次第で、被告に対し二九三万五五三七円及びこれに対する差押通知書の送達の日の翌日である昭和五四年三月八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

別紙計算書 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例